イゲタロイの歴史 第1章

第1章 超硬合金「井ゲタロイ」の誕生

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    超硬ダイスとバイト

    超硬工具「イゲタロイ」のルーツともいえる超硬ダイスは、1928年に自家用の線引きダイスとして製作に成功し、1931年に市販を開始。終戦直後の1947年に米国へ初輸出を果たしています。一方切削工具は社内の圧延ロールの溝削り用バイトの研究からスタートし、「井ゲタロイハードアロイ」の商品名で1931年から市販を開始した後、1935年には鋼用S号バイト(Ti、Ta入り)の販売も開始しました。

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    榛葉久吉氏(故人)

    1929年10月の榛葉久吉氏(大正13年〜昭和22年、当社勤務。工学博士)の研究報告から、失敗を重ね、原料を選び、設備を工夫し、独自の製法で超硬合金を製造するまでの苦労を伺うことができます。

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    Wc-Co組織写真(例)

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    戦時中の作業風景(1941年頃)

    戦時中には、超硬ダイスの研磨作業をしたり、女子検査員が腰掛を並べて比重測定をしている風景が見られました。記録によれば1944年(昭和19年)には、井ゲタロイ生産の人員は男子1200人、女子880人で生産量は月産2トンにのぼりました。

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    戦時中の作業風景(1941年頃)

    戦時中には、超硬ダイスの研磨作業をしたり、女子検査員が腰掛を並べて比重測定をしている風景が見られました。記録によれば1944年(昭和19年)には、井ゲタロイ生産の人員は男子1200人、女子880人で生産量は月産2トンにのぼりました。

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    鉱山工具の登場

    戦後の復興期は石炭増産政策に対応すべく、最重点課題として開発された「オーガードリル」や「コールカッタビット」、「ロックビット」などの採炭用やさく岩用の鉱山工具がイゲタロイの新用途を拓き全盛期を迎えました。

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    南西側から見た伊丹製作所全景(1952年頃)

    井ゲタロイの増産を目的として、1941年3月に伊丹製作所が開所。戦時中は軍需中心で、井ゲタロイ工場はフル操業が続きましたが、終戦により需要が激減。その後、朝鮮動乱に伴う特需ブームや石炭産業の活況に助けられ、伊丹製作所も次第に復興再建。工場群も拡張整備されてきました。 イゲタロイ関係では、主力の合金工場の東側に南からカッタ・ダイス・バイト・機械・検査の木造平屋の工場5棟が並んでいました。

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    旧・研究7号館

    伊丹製作所開設当時の面影を残す所内で最古の木造工場建屋(現・粉合資材倉庫)。1950年代には研究7号館(伊丹第2研究課)として使用され、セラミック工具「アロックス」もここで誕生しました。